今日、中学時代の同級生から、同級生が亡くなったと連絡が入りました。
亡くなった同級生は中学3年生のある朝、登校中に夜勤帰りの会社員の運転する車に轢かれました。
一命はとりとめたものの、植物人間と云われる状態で、命の炎を燃やし続けました。
そしてお母さんの看病により燃やし続けた命の炎が今静かに消え、人生の幕を下ろしたのです。
その歳月、なんと37年間。中学生だった私が50歳になるまで、お母さんは彼女を護り続けたのです。
お母さんはきっと、もし事故が無かったらと何十回、何百回考えたのではないでしょうか?また、自分の老いからくる、不安や焦りもきっとあったでしょう。
交通事故の惨さは、計り知れないものがあると改めて考えさせられた夜でした。
亡くなった同級生は中学3年生のある朝、登校中に夜勤帰りの会社員の運転する車に轢かれました。
一命はとりとめたものの、植物人間と云われる状態で、命の炎を燃やし続けました。
そしてお母さんの看病により燃やし続けた命の炎が今静かに消え、人生の幕を下ろしたのです。
その歳月、なんと37年間。中学生だった私が50歳になるまで、お母さんは彼女を護り続けたのです。
お母さんはきっと、もし事故が無かったらと何十回、何百回考えたのではないでしょうか?また、自分の老いからくる、不安や焦りもきっとあったでしょう。
交通事故の惨さは、計り知れないものがあると改めて考えさせられた夜でした。